2010.03.24 Wednesday
いまさらですが、Twitter

流行ってますね、Twitter。

実は、私は2年前の夏からIDを持っておりました。

こんなの・・何が面白いんだろう?と思って。

というのは、その頃は、日本語版じゃなくて

フォローが着くのは異国の人ばかり。

フォローしたはいいけど、あっちもこっちも使用言語が違ってて

お互いにフォローしたっきりでした。

スパム?

いえ、スパムではなかった。

異国のティーンエイジャーでした。

それが面白くなったのはその秋ごろ。

知り合いにIDを持っている人が増えてきて

気心の知れた仲間でフォローしあって情報を共有しました。

その頃はTwitterやっているのはナイショでしたけどね。


それが、去年から一気に様子が違ってきました。

あらあら・・・・



また、私自身、iPhoneを持つようになって更に面白くなってきました。

こんな時代になっちゃったのね。

手のひらで、仲間と会議。用事が集約解決。

状況が変わってきたことで、私も使い方を成熟させていかないといけないよな。

より、リアルな私がcalico_realですが

それは・・・・

あなたが好きなキャリコかもしれないし

嫌いなキャリコかもしれません。

キャリコリアル73フォローリムーブはご自由に



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2010.03.12 Friday

TV

数日前に、その話は来て

急遽、ひとりの女の子を助けることになりました。

その子は、ネットでお金をかけずにひとり旅をしようと思いついた子で

その旅の途中から、ネット上で、その子のバッシングが始まったんです。


インターネットは、素晴らしいスピードで人と人をつなぎますが

誤解、思い込み、悪意も素晴らしいスピードで伝わっていきます。

バッシングとそれに対して応戦する激しいやり取りに戸惑いながら

彼女は数日前に19歳を向えました。




確かに、無謀で厚かましい思いつきなのかもしれない。

理解できない行いかもしれない。

でも、自分の19歳のときを思い浮かべるに

自分の行動は、周りの理解に堪えるものだったかしら????とふと思います。

自分の無謀な思いつきで、周りに迷惑をかけるばかり。

大人たちは

時には厳しく、ときには優しく諭すように

あるいは、私が望んでいない仕打ちをしたけれど

でも、結果、そのときの経験やいただいた言葉は自分の実りに繋がったと

ずいぶん歳を取った今だからこそ理解できます。

私は、その恩恵を、ときには感激し

あるいは、気がつかずに受け取るのが当たり前のように受け取っていました。

今ではもう、その恩を返すこともできません。

だから、自分のそばに立ち寄る人には

同じように厳しい言葉や、気遣いを、

あるいは自分で答えを見つけられるように控えめのアドバイスを

できる限りあげたいです。

それは、かつて私が大人たちにしてもらったように

その時は気がつかなかったけれど、とても良くしていただいた恩を

今度は自分も若い人に返したいです。


ネット上にフォロアーが10000人いれば

色んな人がいます。

それをひとりの女の子がその重圧に堪えて旅を続けている。

考えただけでドキドキします。

なぜ?自分の19歳のときに、そういうことが起きなかったのだろう?


今は孤独に堪え、旅を無事終わらせるので精一杯なはずですが

旅を終え、大学を卒業し、社会に出て

強く賢くしなやかに成長して

自分がいただいた恩恵を他の誰かに返してやって欲しい。

それこそが、このあとの彼女のミッションだと思うのです。


気をつけて、旅を続けてください。

「またね」

と別れたけれど、もうたぶん、2度と会わないであろう。

恐らく、それが旅です。



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2010.03.07 Sunday
音楽

今日は、友人と山奥の馴染みのカフェに行き

コーヒーをいただいたり、マフィンを温めていただいたりしました。

私は時々ここに来て

ここにおいてある四万十川のほとりに住む作家の木のスプーンが気に入って

新しいものが入るたび、

気に入れば、いくつか家に連れ帰ったりしています。


木のスプーン


今日は、女主人が「時間がありますか?」と尋ねるので

求められるまま、某人らを待っていました。

某人らというのは、喜多方在住のギターの演奏家のご夫婦で

1週間後に関東で演奏会があり、

その練習にその静かなカフェで練習したいとのこと。

楽譜は一応、自分の中に入っているらしいのですが

心の準備ができていないとのことで

本番の人前で緊張しないように演奏するために

誰かの前で演奏したいのだとか・・・・。


高野茶屋3.07


彼らがいらして、一緒にコーヒーを飲み、

ひとしきりおしゃべりが終わったところで、

おもむろに演奏が始まりました。

奥方は2年前に喜多方に嫁いできたそうです。

それまでは、プロの演奏家を目指して先生について学んできたのですが

ここの環境変化に慣れることができず、

ギターの練習をする心の余裕がなかったといういいます。

しっかりと基礎ができている彼女らしく

その音は一粒一粒が

色といい艶といい、まるで宝石のようなのですが

心の動きを反映して、リズムは乱れ気味。


音楽は、まさに心の集中が必要で

いかに入りこむことができるかが

出来映えを左右するのだろうというのがよく理解できました。

奥方の演奏が終わり、

冷静に見えたご亭主の・・・これもまた、つっかえつっかえの演奏を聴いて

ある意味、貴重な体験をしたと思えました。

顔を高潮させ、興奮気味に堰を切ったように喋りだす若い演奏家を見て

ほほえましく感じました。




こういうことは

どんな仕事にも共通する大事なことです。

いかに、心を澄ませて仕事に向かうか?



そして・・・仕事は音楽に似ています。

だから、楽譜(シナリオがあったとして)があっても

演奏家の技量に左右されます。


果たして・・・・

果たして、私は良い演奏家なんだろうか?



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